這えば立て、立てば歩けの『My fair lady』式恋愛論


こないだ飲み会の席で、とある女性から「ねぇ、もがは何人くらい女性とつきあったことがある?」と訊かれた。
二人、と答えたところ、我が意を得たりと「あっ、そういうのどうなの? 女性経験が少ない人と付き合うのってどう思う?」

Σ( ̄△ ̄;)今、私が女性経験少ない前提で話をフったろう! ししし失礼だぞ! 図星だけど……。

というのはさておき、私が彼女に語ったのは「育てる思想」である。

今のご時世に、完璧な異性というものは落ちていない。完璧な異性がいたら、既に売れている
だから、「若干難あり品」を見いだして育てる姿勢というものは必須である。異性で評価すべきは「完成度」ではなく「成長性」なのだ。成長性Aの異性を見つけて、自分の好みに合わせて育てる、というと『My fair lady』式の変質者のようだが、別の言い方をすると自分の好みを理解してもらう、自分の恋愛観に適応してもらうということになる。それが相手の成長につながる。けんかしたり、「なんでわかってくんないのよ」を繰り返すうちに、「難あり品」が整えられていく……かもしれない。

ただし精神年齢で上の方が下をうまくリードしていかないと、この方程式は崩れる。そして精神年齢上の方が、同じかそれ以上に成長を続けないと、やはりこの方程式は崩れる。下の方が「あ、なんだこの人この程度か」となってしまったら、その時点でパラダイムの変更を迫られる。同じくらいの精神年齢で、切磋琢磨できるならそれが安定かもしれない。

同じペースで成長をしていくことが、恋愛として理想なのだろうね。

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