書籍幼年期の終わり


7062011-124

いくつか調べた結果、「Reader Store / Sony」の将来性に希望を持つことが難しくなってきたので、メインのプラットフォームをKindleストアに変えようかと思っている。いや、調べた結果は後付けに過ぎないのかもしれない。 Reader Storeのwebサイトの造りの雑さ加減は、既に私の希望を打ち砕いていたのだ。

先日、ついにSony Reader Storeで電子書籍デビューしたんだけど、サイト設計のやる気のなさに愕然としている。アカウント設定で項目の入力エラーがあった時に最上部にエラー表示がないので、遷移完了した時に「あ、登録完了か」と思ってしまった。どうして情報が保存されないのか不思議に思ったら、下の方の項目が入力ミス起こしてた。遷移後トップに書いてよそういうのは。
あとFacebook連携がエラーになるので問い合わせたら「表示している『Facebook』については、現在、対応してないものとなります。」とのこと。じゃあ消せばいいのに、たったそれだけの修正も手をかける気がないのか……。
–via もがみ たかふみ Facebook

山本一郎氏に言われるまでもなく、サービスを頼る時には常に、いつこのサービスが終わるのか、終わる時にはどんな代替が考えられるのか、ということは考えておかねばならない。
諸行無常、どんなサービスもいつかは終わる覚悟で利用しましょう(山本一郎) – 個人 – Yahoo!ニュース

Readerの終わりが垣間見えてしまった以上、そこに止まることはできない。Amazonの洗練されたweb設計に屈するしかない。あの驚異のオススメ力はどうだ。圧倒的じゃないか。

移り先を求めてあちこちの電子書籍を眺めているうちに、ふと電子書籍はいずれ書籍の形を辞めてしまうのではないかと予感した。それは巻物のようにHTMLのように一方向に延々と続くようなものかもしれないし、無限の地平のように広い広い一枚の紙のようなものかもしれない。そのうちには平面であることさえ辞めて、ねじれたものとなるかもしれないし、螺旋の形をしているかもしれない。ページの向こうの遠くに過去のページが小さく見えるのかもしれない。カードのようにバラバラで、読者はそれを一つ一つ拾い集めるようにして読むのかもしれぬ。時間の経過によって変化するものさえあるかもしれない。

今、電子書籍を語る時にはいつも書籍の終焉のイメージと対にして語られ、何かもの悲しい。しかし、もしも電子書籍が書籍の形から自由になって羽ばたく時が来るとしたら、それは書籍という媒体にとって、幼年期の終わりになるのかもしれない。
そのときには、我々は幼年期の目撃者として、書籍に背を向け別れを告げるのだろう――あのカレランがそうしたように。

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