第一回大江健三郎賞 公開対談 大江健三郎×長嶋有


第一回大江健三郎賞の決定を受けての公開対談が選者の大江健三郎氏、受賞者の長嶋有氏の二人で行われた。抽選に当たったので行ってみることにした。受賞作は長島有『夕子ちゃんの近道』
大江健三郎賞というのは、講談社『群像』が主催の文学賞。大江健三郎氏が一人で選考。2006年に発売された本120冊あまりの中から、大江氏が自分で読んで、選考したという。大江氏曰く、「大江健三郎賞は、私が一人で選考できなくなったら終わりにさせてもらう約束」「なので、たいへん短命な文学賞になる可能性が……」とのこと。講談社はなんとか続けたいみたいだけど。
受賞作は翻訳し、海外で刊行される予定。公式サイトによると、公開対談は選評に代わるもの、という位置づけらしく、じゃあ別に第一回記念じゃなくて、毎年やるわけね。対談の内容は群像誌上に掲載されるとのこと。
大江健三郎賞 : 講談社「おもしろくて、ためになる」出版を
大江健三郎賞 – Wikipedia
内容は、大江氏と長島氏のほんとに雑談。噛み合ってるような噛み合ってないような話。でも、ちょくちょく面白い話もあったりとか。長嶋氏は話にユーモアがあって、サービス精神旺盛な人でした。
ただ講談社のホール、音響あまりよくないね。聞き取りづらい。もうちょっとなんとかならないかなぁ。あれが聞きやすかったら、話がもう少しクリアになると思うんだけど。


話はホントにとりとめがなくて、内容を記すのが難しい。以下箇条書き的に記す。詳しく知りたい向きは『群像』誌上をご覧あれ。
◆受賞作についての大江氏の所感
自然に展開していく。
文章も自然で、それはとても難しいことだと思う。
私は自然な文章は一行も書けない(笑)
◆この作品『夕子ちゃんの近道』は、
実際に長嶋氏の父親が、同じマンションに住む少女に連れられて、駅からマンションまで歩いた経験にヒントを得た。
駅からマンションまでよく知ったはずの道なのに、今まで知らなかった近道が存在するということ、少女にそれを教えられる、という構図などを面白く思って、そのまま小説にできる、と感じた。
◆推敲について
『夕子ちゃんの近道』では初出からかなり修正をいれた。大きな点の一つとしては、登場する店の名前が変わっている。さすがに連載では店の名前を途中から変えるということはできないので、単行本にする時に変えた。恥ずかしい店の名前にしたかったので、より恥ずかしい店の名前に。
◆読者サービスについて。
長嶋氏曰く
作品を買ってくれる人にサービスをしたいと考えている。カバー裏に短編を書いたり。図書館ではカバーが貼り付けられてしまうので、カバー裏の作品は読めない。『夕子ちゃんの近道』でも、初版には応募券がついていて、100名に3つの短編をプレゼントした。この短編3つは本来、『夕子ちゃんの近道』のインターバルとして使う予定だったもの。作品中に挿入される予定だった。ただ、それは不適切に思われたのでやめたんだけど、読者プレゼントとして利用した。
「どこまで付録を付けたら怒られるか」ということを試すみたいなキモチもある。文学で勝負する気がないのか、と。
◆大江氏曰く
「ある書評で、第6話まででまとまっており、第7話が蛇足だという説を読んだが、私は蛇足だとは思わない」
それを聞いて長嶋氏、嬉しそうに曰く
「6話はきれいに終わり過ぎた。風船で言えば、6話までは空気を吹き込む作業。7話は風船の口を閉める作業。ちょっと違った感じで終わりにしたかった。」
◆長嶋氏曰く
「自分は無教養な作家であると自覚している。それをなんとかしたいと思っているんだけれど」
では、どういう言語生活をしているのかという問に対して、
大江氏「自分は本で文学的栄養(言語)を取り入れる」
長嶋「自分は漠然としている。どうやって栄養をとっているのか。読書家ではない。教養もない。考えられるのは漫画か。両親は漫画の教養がすごい人たちだった。子どもの頃、ツルブックスから出ていた『PEANUTS』(谷川俊太郎訳)を1~40巻、まったく谷川俊太郎の名前を知らずに接していた。そういうことも影響があるのかもしれない。
◆長嶋氏曰く
妙な風物、些細なこと、用途が1つに限られたものの名前、名称のわからないものなどが好きだ。
たとえば、「靴下などをほす洗濯ばさみのたくさんついた、四角い」アレ。「風呂の湯をかきまぜる棒(かくはん棒)」
そうした名前がわからない単用途の品物が好きで、小説にもよく登場させる。そうしたことについては、面白いということに自信が持てる。
例えば以前、小説に「蚊取りマットを投げて渡す」というシーンを描いた。もしこれが蚊取り線香だったら投げることができない。ボトル式のものは60日間持続するので交換する必要がない。「投げて渡す」という行為は、蚊取りマットだけに可能な事象でありそれが興味深い。
そういうものを書く時に、なぜか面白い自信がある。
◆大江氏曰く、
長嶋氏は妙にものをよく観察して、描写するフランス語の「モラリスト」は「小さな風俗について描写する人」のことをも言う。機微を見る人。長嶋氏も同じ。
フローベールを読むといい。『エデュカシオン・サンティマンタル』など。
◆大江氏曰く
少女小説、漫画原作などは、プロットを考える。村上春樹の短編小説などもプロット重視。これは若い人の書き方で、これから増えていくだろう。新しい書き方を持ち込むことで、日本語全体の力が上向きになっていく。
◆大江氏の「今後は?」との問に、長嶋氏曰く
6年、編集者に乞われるままに書いてきて、それはありがたいことではあるんだけれども、そうではない小説も書いてみたい。たとえば飛行機の中の乗客300人のモノローグを書く実験的な小説など。300の作家に書いてもらうというのもありうるし、webに掲載することも考えている。
文芸誌の作家の混ざり方を見ると興奮する。老若男女の作家が戦って誌面を奪い合う、ガチンコの世界。年齢などによって差がつかない、尊敬する作家も、自分を殺す気で挑んでくる。そういう勝負の世界は、あまりない。
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