辰の話


鯉は滝を上って辰になるというが、実は卯も修行を積んで辰になるという。わしはそれを見たことがある。

ある春の夜、若者が怪我をしていた兎を助けたところ、一週間後の夜、辰が、若者の暮らす小屋に現れた。

「我はもともと辰であった。過ちを咎められて三月卯の身に貶められてきたが、1500日の苦行を経て再び辰となることができた。お主が助けてくれなければ卯のまま生涯を終わるところであった。助けてもらった礼に、望みを1つ叶えてやろう。」

「望みか……望みは……お前の首だ!」

瞬きする間もあらばこそ、稲妻のように刀を抜いて切りつける若者。しかし辰もさるもの、ツメで刃を軽くいなし、再び宙へと舞い上がった。

「何故この首を所望する」「4年前貴様に奪われた自由を取り戻す」「なるほどお主の顔には覚えがある。あの時の小僧か。だが今はまだ討たれてやるわけにいかぬ」「待て!」

飛び去る辰を追って若者は闇に消えた。その若者が、後に「辰殺し」と恐れられるようになった強者さ。

えーと、何の話をしてたんだっけ? ああ、そう、卯も辰になるってこと。飛べない卯はただの卯だ。落ちこぼれだ。卯から辰に上がれない、「うだつが上がらない」ってのは、そこから来たんだ。*1
そう言って爺さんが酒杯をあおるのを、俺はあきれたように眺めていた。まったく、うだつが上がらないのはあんたの方だ。法螺もいい加減にしろ。手洗いに行こうと立ち上がったところが、酔っ払って小屋の出口と間違え、納戸の扉をがらっと開いてしまった。爺さんは慌てて俺に飛びついて、納戸の扉を閉めた。見たこともないほど素早い身のこなし。「厠はあっちだ」

爺さん……今そこに見えた、でっかい鱗は……

「んん? 何のことだ?」

爺さんはしっかり納戸の扉を閉めて鍵をかけてしまった。

いや……だって、今そこに、人の頭ほどもあるでっかい鱗が……辰殺し?

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*1 この物語はフィクションであり、実在するあらゆる表現・言い回し・警句と一切関係ありません。

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