僕のところに戌がやってきて尋ねた。
「我が輩は戌である。ところで、新年はどっちの方から来るのかね」
僕は言ってやった。
「君、もう新年はとっくにやって来ているんだぜ。何を今さら」
戌のヤツは疑わしそうに僕を眺めた。
「君は全然年賀状を書くそぶりがなかったじゃないか」
僕は、誰も僕に年賀状を書いたりしない、だから僕も年賀状を書く必要などないと言ってやった。彼はポケットから――彼のポケットがどこだか僕に訊かないで欲しい。カンガルーにだってポケットはあるし、結局のところ、人間にだってポケットはあるじゃないか?――数枚の年賀状を取り出すと、僕に放って寄こした。それはたしかにもがみ庵宛の年賀状だった。僕はどうしてこんなものを戌のヤツが持っているのか問いただした。
「郵便局では、安価で誠実な労働力を切実に求めていてねぇ」
新年が来たのもわからないくせに、「誠実な労働力」もないもんだ。
「そんなことより、返事を書かなくちゃ。不義理はいけないよ」
「ああ……でもどんな年賀状にするか、全然考えてなかったからなぁ」
「前に、十二支の物語を書くって言ってたじゃないか。戌年こそは、それを始めるのに最適な年だぜ」
僕はなぜそう思うのか尋ねた。戌のヤツは、十二支は戌から始まるからだ、と言った。僕は言った。
「十二支は子から始めるのが普通だろ」
戌のヤツは、世にも阿呆な生き物を見る軽蔑の表情で僕を見た。
「ホントにバカだな、君は。子のヤツが最初だったら最後は亥になっちまうじゃないか」
「不都合かい?」
「不都合だよ。あんなヤツに締めくくりの大役が務まるもんか。最初は戌。最後はトリ。そう決まってるだろ? さ、十二支の物語を始めなよ」
そういうわけで、僕はこの物語を皆様にお届けする。
……十二年先まで、続くかなぁ。
(2009.01.01 復刻して掲載)
戌の話(復刻版)
戌の話(復刻版)