『借りぐらしのアリエッティ』


見られてはいけない借りぐらしの床下こびとは、見られちゃったので仲良くなったけれど見られちゃったので危険になり、見られちゃわないところへ旅立っていくのである。

「借りぐらし」って日本語が実在するのかどうか、こびとの実在性以上に疑問なんだけども。どうしても「カリグラフィ」とかそういう単語を想起しちゃう。
借りぐらしのアリエッティ 公式サイト
借りぐらしのアリエッティ – Wikipedia

小さな生き物たち

人間の屋敷の地下に暮らすこびと、アリエッティ(どうでもいいけど、最近のIMはどうやっても「こびと」を変換しないつもりなのね。無視された気分よ)。人間の生活用品を一部お借りして生活しております。まぁ、その、返してませんけど一度も……。 アリエッティの初の「借り(音声だとずっと「狩り」かと思ってた)」のシーン。体のサイズが変われば、ありきたりのキッチンでさえも大冒険の舞台となる。ちょっと昔のRPGにありがちなシーンだなー。

ドロボーです。な感じのお父さんがすごい。するするとロープを伸ばして降りていき、両面テープを手足に貼り付けて壁を上る。ルパンかあんたは。でもかっこいいお父さん! かっこいいお父さんだ! 常に沈着冷静。実にシブい。

初夏の庭の美しさが、小さい視点で描かれていて楽しい。個人的にはこういう風景好き。
明るい画面とは対照的に、ストーリーはもの悲しい雰囲気が支配的。でも、それもまたよし。

どうしてもこういうネタだと『とんがり帽子のメモル』を想起せざるをえないわけだが。ゴロニャンは怖いぜ-。小動物の敵じゃよーまさに。

怖い人間、怖くない巨人

それにしても、「怖い人間」という視点がこびと物語に多いのは面白い。こびとと人間の出てくる話って、みんなそんな風なのは、お約束ということなのであろうか。人間が自分たちを猛獣と見なす、つまり一種の自虐的な視点なわけだけれども。「地球を破壊する人類」とか「戦争を繰り返す人類」とか、そういうステロなスローガンと通じるものを感じる。マゾヒスティックな感性に訴えかける設定である。

結末は物語の性質(というか主に製作サイドの悲観/楽観視点)によって「ごめんなさいやっぱり人間ってダメでした」だったり「でも全員が危険じゃないんです」だったり「実は仲良くできるんです」だったり、バリエーションがついていく。個人的には、そこそこ「仲良くできるんです」で終わってくれると、気持ちいいんだけどな。

こびとの例と対比してみると、逆に巨人の登場する話では「怖い巨人」というのがまったく葛藤なしに受け入れられているのはなんだか不思議だ。「人食い巨人が全員が怖いわけじゃないと思うわ」とか、巨人が「人間と仲良くなりたいんだ」なんていうセリフを聞いた試しがない。不思議な非対称である。

個人的にはけっこうジブリ作品の中でも気に入った方なんだけど、あまり一般的には評価されてないのかしら。私の気質が、やはりイギリスの物語と相性がいいということなのかもしれない。

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