『ミサイルコマンド』ATARI(ARCADE) #自分にとって神ゲーだと思うのを紹介していこう


アタリ社『ミサイルコマンド』は、トラックボールを使用し、迎撃ミサイル(アンチミサイル・ミサイル)をテーマにした、アーケードの名作アクションゲーム。そして、後にもがみさん史上初めて自分でプログラミングしたゲーム(たぶん)となり、同時に、私にとって最初で最後(たぶん)のゲーム移植となった。

ミサイルコマンド – Wikipedia
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テスト動画・・・1980ATARI「ミサイルコマンド」 – YouTube

■禁じられた遊び

以前の記事で私のゲーム期は大きく3~4期に分けられると書いたけれど、ATARIの『ミサイルコマンド』は「東林間ご近所のアーケード期(小1~小2)」に属し、その中では、今名前がはっきりわかっている数少ないゲームの一つである。

この頃私は悪い遊びを覚え、小銭をくすねては近所のゲームセンターで使っていた。うちのマンションから線路を挟んで向かいにはバッティングセンターがあり、その下の2階がゲームセンターであった。往年の、今では珍しくなったタイプのゲーセンで、真っ暗(ブラウン管の質が悪く、明るいと画面が見えない)な中に、テーブル筐体がずらりと並んでいた。私はここでゲームの基礎を学んだのである。小2の時に親にバレてこっぴどく叱られてから行かなくなったが。

参考までに、当時遊んだゲームで名前がわかっているものには、以下のようなものがある。

  • フリスキー・トム:チーズとネズミのゲーム、ということくらいしか覚えてないが。いやチーズだっけ?
  • クレイジー・クライマー:ニチブツの名作アクション。
  • ルパンIII世:ワープボタン。
  • アリババと40人の盗賊
  • テラクレスタ:これもニチブツの名作シューティング。
  • カンガルー:ATARI製のアクション。これはたしかそのゲーセンではなく、近所の駄菓子屋にあった。

このゲーセンは、小学校低学年の私に空間が広く見えていたのだということを差し引いても、けっこうな数の筐体があったはずで、見たゲームの種類もこんなものではなかったはずだが、はっきり記憶に残っているものはあまり多くない。探せばwebで1970年代後半のアーケードゲームの記録を見つけて記憶を呼び起こすこともできるだろう。

そんな中でも『ミサイルコマンド』の印象は、ずば抜けている。なぜといって、明らかに異質の操作系を持っていたからだ。トラックボールである。当時はもちろん、「トラックボール」という名前は知らず、ただ「あのボールをごろごろ回すやつ」と呼んでいた。今のパソコン用のような小さいものではなく、もっと大きかった記憶がある。指ではなく、手のひらで回すイメージだ。

■天の光はすべて星

『ミサイルコマンド』は今で言うパトリオット・ミサイルのような「対ミサイル用ミサイル」をゲーム化したものだ。画面の下には山並みが表示されており、山の間には都市が表示されている。6つほど。

誰の仕業か知らないが、この都市群に弾道ミサイル攻撃を仕掛けた奴がいる。都市攻略とかいうレベルではなく、一発で都市を完全に破壊する殲滅戦だ。一発でも食らえば都市は壊滅する。
こんなこともあろうかと、我々はA、B、C3つの迎撃ミサイル基地を用意しておいた(攻撃される心当たりがあるってことか…)。発射できるミサイル数には限りがあるので、節約しながら利用していただきたい。

……というようなストーリー仕立ての説明はまったくなくて、コイン入れてスタートしたらただゲームは淡々と始まる。そら、ミサイルの雨だ!

敵のミサイルは天(つまり画面の上端)から降ってくる。早いミサイル、遅いミサイルが存在し、入射角もさまざま。地上の都市めがけて降ってくるわけだ。一方こちらは画面の照準(今風に言えば、カーソル)をトラックボールで動かし、ABC3つのボタンのうちどれかを押してミサイルを発射する。発射されたミサイルは一定の速度で飛び、発射時にカーソルがあった場所に着弾し爆風を起こす。この爆風で敵ミサイルを巻き込んで破壊する。

とはいえ、問題がいくつかある。

  • 迎撃ミサイルは瞬間移動ではない。発射してから着弾するまでに、タイムラグがある。となると、敵のミサイルにカーソルを当てて発射したのではあきらかに遅い。敵のミサイルの進行方向と到達距離を予測し、こちらのミサイルの速度と、地表ミサイル基地からの距離を加味し、発射しなければ命中はおぼつかない。
  • ミサイルの到達時間同様、爆風の有効範囲を見極める必要がある。「やったか?」と思ったのに、爆風をすり抜けてミサイルが生き残ってきた時の恐怖はホラー映画さながらである。
  • ミサイルは有限である。敵の攻撃が一段落すれば補充されるのだが、ペース配分は考えなければならない。3つの基地の迎撃ミサイルを撃ち尽くすと、降ってくる敵ミサイルの雨を眺めて滅亡を待つだけの絶望感を味わうことができる。3つのミサイル基地を破壊された場合もこれに準ずる。

都市すべてを破壊されるとゲームオーバー

ふと今思ったが、今ミサイルコマンドをリメイクというのはある発想かも。ミサイルの種類とか、いろいろ増やしたら楽しそう。

このゲーム性をささえているものは、カーソル移動がトラックボールに依存しているということだ。画面の端から端まで、いかに早くトラックボールを回すか。必死にやってて手の皮がむけた。でもカーソルを動かすという作業が、これほど楽しかったことはない。十字キーではこのゲーム性が再現できないのだ。必死にトラックボールを回し、適切な場所で迎撃ボタン。単純だが、適正なコントロールには熟練を要した
開幕一番、画面の上8割のくらいのところを横一直線にカーソルを動かし、迎撃ミサイルの弾幕をかますという戦略があった。今にして思えば、限られた弾数を消費するし効率のいい戦略ではなかったはずだが、一面に花開く爆風が美しく、いつもついついやってしまっていたのを思い出す。そういう意味では『ファンタビジョン』的な美しさもあったかもしれない――ただしこちらは死の花火だが。

■一夜限りの『MSX2版ミサイルコマンド』

さて10年の時が過ぎ、私は高校生になっていた。私の中でなぜかゲーム機に手を触れなかった「暗黒時代」である。福岡から宮崎に引っ越したばかりで友人が少なかったこともあるかもしれないが、かといって、一人でファミコンに触れるということも別になかった。今にして思えば、なぜあれほどのめり込んだゲームから急に離れたのか、まったく不思議である。忙しかったはずもないし……。

そんな中、福岡の友人が餞別にくれたMSX2が手元にあり、たまにそれをテレビにつないでBASIC言語プログラミングのまねごとをしていた。高校でできた友人にもプログラミングをかじったヤツがおり、一緒に私の家でプログラミングをしたりした。今にして思えば変な遊びだが、当時はまったく普通に、二人で話しながらコードを書き、動かしてみて、修正し……といったことをやっていた。記憶媒体がなかったので、一度電源を抜いたら、すべてのデータは消えてしまう。それでもいろんなプログラミングをした。

ある日、私がBASICプログラミングで再現しようと考えた超大作が、この『ミサイルコマンド』であった。私は一次関数を書き、傾きを変数にしてランダム性を持たせ、天からゆっくりミサイルが下りてくるようにした。そしてそれが画面の一番下に到達したら、ゲームオーバーだ。都市の命中判定をプログラムするのは、あまりに荷が大きすぎた。

当然MSX2にトラックボールはなく、カーソルを十字キーで動かすだけではゲームとしての面白さがない。そこでカーソルの座標計算に加速度・慣性を持たせ、十字キーを押し続けたらカーソルが加速するようにした。これにより、十字キーを押す長さでかなり遠い場所にも到達できる反面、適切な位置にコントロールする難しさも出てきた。

迎撃ミサイルの方まで速度を計算することはできず、レーザー砲ということにして、一瞬にして着弾、爆風が広がる仕様にした。これもプログラミングの技量からしてやむを得なかった。

天から降ってくるミサイルを描画するのにはルーチンで何行ものコードをそのままコピーするしか方法を考えられず、そして天から同時に降ってくるのは3発が限度だった。それを越えると処理速度の限界にぶつかってしまい、画面の表示速度が異常な遅さになってゲームにならない。

それでも、それでも、それでも! 自画自賛だが、このゲームは本当に面白かったと思う。天から降ってくるミサイル、慣性制御によって画面を縦横に走り回るカーソル、ボタンを押すと稲妻のように画面を駆けるレーザー光線、そして爆風。敵ミサイルは3発しか降ってこなかったが慣性制御のカーソルを的確にヒットさせるにはそれなりのコツが必要で、ちょっと油断するとゲームオーバーになってしまう。そのバランスもよかった。

これが私の初めてのゲームプログラミングであり、初のゲーム移植作品であった。
――MSX2に移植したそのBASICのソースコードは、一晩で揮発性メモリの露と儚く消えた(笑) プログラミング含め遊んだのは正味5時間くらいだっただろうか。電源を切ったら、もう二度と戻ってこない。まぁちっともったいねーが、しょうがねぇ。

2008年7月、国内初のAndroidケータイ「docomo HT-03A」を購入した。このケータイには小さいがトラックボールが付いていて、そしてAndroidマーケットには、『ミサイルコマンドー』のクローン作品があった。それは「Armageddonoid for Android」で、懐かしい気分を味わえた。

小学生で最初に『ミサイルコマンド』を遊んでから、実に30年が経過していた。私の人生で、もっとも息の長いゲームと言えるかもしれない。

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