『人を動かす』デール・カーネギー(創元社)

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名著と言われる一冊。カミさんの本棚から抜き取って読んでみたところ、非常に面白かった。

人を動かすためには、まず相手の利益をとことん考える必要がある。人は、自分が満足しないことのためには動こうとしない。動こうとしないのは、何か不利益があるからだ。動くのは何か利益があるからだ。だから不利益を取り除き、利益を与えてやれば、動く。

そのことを突き詰めていくと、結局は相手のために何か利益になることを考えてやれば、相手が動き出す、ということになる。

たまに「説得術の古典」のようにしてこの書籍が紹介されていることがあるが、この本自体は「小手先の説得術」とは無縁だ。まるで修身の教科書のように、淡々と、人のあるべき道を説いているようにさえ見える。

アメリカ製の実用書の例に漏れず具体例が豊富で、わかりやすく書かれている。それでいて、あまり嘘っぽい雰囲気になっていないところがいい。印象的な事例、そして月並みでない言葉の選び方(翻訳も含めて)が、説得力を深めている。

読んでみて損のない一冊。

P25

他人の欠点を直してやろうという気持は、たしかに立派であり賞賛に価する。だが、どうしてまず自分の欠点を改めようとしないのだろう? 他人を矯正するよりも、自分を直すほうがよほど得であり、危険も少ない。利己主義的な立場で考えれば、たしかにそうなるはずだ。自分の家の玄関がよごれているのに、隣の家の屋根の雪に文句をつけるなと教えたのは、東洋の賢人孔子である。

P27

人を批評したり、非難したり、小言をいったりすることは、どんなばか者でもできる。そして、ばか者にかぎって、それをしたがるものだ。
理解と、寛容は、すぐれた品性と克己心をそなえた人にしてはじめて持ちうる徳である。

P42 (アンドルー・カーネギーがUSスチール社設立時に社長として迎えたチャールズ・シュワッブの言葉)

「わたしには、人の熱意を呼びおこす能力がある。これが、わたしにとっては何ものにもかえがたい宝だと思う。他人の長所を伸ばすには、ほめることと、励ますことが何よりの方法だ。上役から叱られることほど、向上心を害するものはない。(中略)わたしは、これまでに、世界各国の大勢の立派な人々とつき合ってきたが、どんなに地位の高い人でも、小言をいわれて働くときよりも、ほめられて働くときのほうが、仕事に熱がこもり、出来ぐあいもよくなる。その例外には、まだ一度も出あったことがない」

P49

人の気持を傷つけることで人間を変えることは絶対にできず、まったく無益である。これについて古い名言があり、わたしはそれを切り抜いて、毎日見る鏡に貼ってある。
「この道は一度しか通らない道。だから、役に立つこと、人のためになることは今すぐやろう――先へ延ばしたり忘れたりしないように。この道は二度と通らない道だから」

P54

人を説得して何かやらせようと思えば、口をひらくまえに、まず自分にたずねてみることだ――「どうすれば、そうしたくなる気持を相手に起させることができるか?」

P77 (奇術師ハワード・サーストンについて)

ところが、サーストンは、まったくちがう。舞台に立つときは、彼はいつもこう考えるという―― 「わたしの舞台を見にきてくださるお客さまがいるのはありがたいことだ。おかげで、わたしは日々を安らかに暮らせる。私の最高の演技をごらんにいれよう」 サーストンは、舞台に立つとき、かならず心のなかで「わたしは、お客さまを愛している」と何度もくりかえしとなえるという。

P79(ジェームズ・エーモスの著書『召使の目から見たセオドア・ルーズベルト』より)

大統領がわたしたちの小屋のそばを通るときは、わたしたちの姿が見えても見えなくても、かならず「やあ、アニー! やあ、ジェームズ!」と、親しみのこもったことばを投げて行かれた。

P94

米国有数のゴム会社の社長の話だが、彼によると、仕事がおもしろくてたまらないくらいでなければ、めったに成功者にはなれないという。(中略)「まるでどんちゃん騒ぎでもしているようなぐあいに仕事を楽しみ、それによって成功した人間を何人か知っているが、そういう人間が真剣に仕事と取っ組みはじめると、もうだめだ。だんだん仕事に興味を失い、ついには失敗してしまう」

P97

ハーバード大学の教授であった故ウィリアム・ジェームズの説を紹介しよう。
「動作は感情にしたがって起るように見えるが、実際は、動作と感情は平行するものなのである。動作の方は意志によって直接に統制することができるが、感情はそうはできない。ところが、感情は、動作を調整することによって、間接に調整することができる。したがって、快活さを失った場合、それを取り戻す最善の方法は、いかにも快活そうにふるまい、快活そうにしゃべることだ……」

P101

何年か前、ニューヨークのあるデパートが、繁忙をきわめるクリスマス・セールの期間中に、つぎのような素朴な哲学を広告に出していた。
クリスマスの笑顔
元手がいらない。しかも、利益は莫大。
与えても減らず、与えられたものは豊かになる。
一瞬のあいだ見せれば、その記憶は永久につづく。
どんな金持もこれなしでは暮らせない。どんな貧乏人もこれによって豊かになる。
家庭に幸福を、商売に善意をもたらす。
友情の合言葉。
つかれたものにとっては休養、失意の人にとっては光明、悲しむものにとっては太陽、悩めるものにとっては自然の解毒剤となる。
買うことも、強要することも、借りることも、盗むこともできない。無償で与えてはじめて値打ちが出る。
クリスマス・セールでつかれきった店員のうちに、これをお見せしないものがございました節は、おそれいりますが、お客さまのぶんをお見せ願いたいと存じます。笑顔を使い切った人間ほど、笑顔を必要とするものはございません。

P109

テキサス・コマース・バンクシェアズの会長ベントン・ラヴによれば、会社というものは大きくなればなるほどつめたくなる。
「つめたい会社をあたたかくするには、ひとつの方法がある。人の名前を覚えることだ。重役たちのなかには名前が覚えられないという人もいるが、つまりは重要な仕事が覚えられない、すなわち仕事の基礎ができていないということを告白しているのだ」

P113

ナポレオン三世は、大ナポレオンの甥にあたる人だが、彼は、政務多忙にもかかわらず、紹介されたことのある人の名は全部覚えていると、公言していた。
彼の用いた方法――それは、しごく簡単だ。相手の名前がはっきり聞き取れない場合には、「すみませんが、もう一度いってください」と頼む。もし、それがよほどかわった名前なら、「どう書きますか」とたずねる。
相手と話しているうちに、何回となく相手の名をくりかえし、相手の顔や表情、姿などといっしょに、頭のなかにいれてしまうように努める。

P120

「ううん、お母さんがぼくを愛してくれてることはよくわかってる。だって、ぼくが何かお話ししようとすると、お母さんはきっと自分の仕事をやめてぼくの話を聞いてくれるんだもの」

P139

この法則にしたがえば、たいていの紛争は避けられる。これを守りさえすれば、友はかぎりなくふえ、常に幸福が味わえる。だが、この法則を破ったとなると、たちまち、はてしない紛争に巻きこまれる。この法則とは―― 「常に相手に重要感を持たせること」

P154

「人と話をするときは、その人自身のことを話題にせよ。そうすれば、相手は何時間でもこちらの話を聞いてくれる」――これは大英帝国の史上最高に明敏な政治家のひとり、ディズレーリのことばである。

P159

その結果、議論に勝つ最善の方法は、この世にただひとつしかないという結論に達した。その方法とは――議論を避けることだった。毒蛇や地震を避けるように議論を避けるのだ。
議論は、ほとんど例外なく、双方に、自説をますます正しいと確信させて終るものだ。(中略)「議論に負けても、その人の意見は変らない」

P164

リンカーンはあるとき、同僚とけんかばかりしている青年将校をたしなめたことがある。
「自己の向上を心がけているものは、けんかなどするひまがないはずだ。おまけに、けんかの結果、ふきげんになったり自制心を失ったりすることを思えば、いよいよけんかはできなくなる。こちらに五分の理しかない場合には、どんなに重大なことでも、相手にゆずるべきだ。百パーセントこちらが正しいと思われる場合でも、小さいことならゆずったほうがいい。細道で犬に出あったら、権利を主張してかみつかれるよりも、犬に道をゆずったほうが賢明だ。たとえ犬を殺したとて、かまれた傷はなおらない」

P168

人を説得したければ、相手に気づかれないようにやることだ。だれにも感づかれないように、巧妙にやることだ。これについてアレクサンダー・ポープはこういっている。
「教えないふりをして相手を教え、相手が知らないことは、忘れているのだといってやる」

P181

マーティン・キングは、平和主義者として世に知られていたが、当時アメリカの黒人として最高位をきわめた軍人、ダニエル・ジェームズ空軍大将を崇拝していた。平和主義者が軍人を崇拝する矛盾を指摘されたキング博士の答えはこうだった。
「人を判断する場合、わたしはその人自身の主義・主張によって判断することにしている――わたし自身の主義・主張によってではなく」
これと似た話だが、ロバート・リー将軍はかつて南部連盟の大統領ジェファーソン・デーヴィスに対して、自分の部下の将校のことを最大級の讃辞で誉めた。そばで聞いていた将校が驚いた。
「閣下、今おほめになった人物は、事あるごとに閣下のことを中傷していますが、ご存じないのですか?」
リー将軍は答えた。
「知っている。だが、大統領は、彼をわたしがどう思うかとたずねられた。彼がわたしをどう思っているかとおたずねになったのではない」

P189

どんなばかでも過ちのいいのがれぐらいはできる。事実、ばかはたいていこれをやる。

P205

オーヴァストリート教授はこういっている――
「相手にいったん“ノー”といわせると、それを引っこめさせるのは、なかなか容易なことではない。“ノー”といった以上、それをひるがえすのは、自尊心が許さない。“ノー”といってしまって、後悔する場合もあるかも知れないが、たとえそうなっても、自尊心を傷つけるわけにはいかない。いい出した以上、あくまでもそれに固執する。だから、はじめから“イエス”といわせる方向に話を持って行くことが、非常にたいせつなのだ」

P212

ソクラテスは、相手の誤りを指摘するようなことは、決してやらなかった。いわゆる“ソクラテス式問答法”で、相手から“イエス”という答えを引き出すことを主眼としていた。まず、相手が“イエス”といわざるをえない質問をする。つぎの質問でもまた“イエス”といわせ、つぎからつぎへと“イエス”を重ねていわせる。相手が気づいたときには、最初に否定していた問題に対して、いつの間にか“イエス”と答えてしまっているのだ。

P229

非難はどんなばか者でもできる。理解することにつとめねばならない。賢明な人間は、相手を理解しようとつとめる。
相手の考え、行動には、それぞれ、相当の理由があるはずだ。その理由を探し出さねばならない――そうすれば、相手の行動、相手の性格に対する鍵まで握ることができる。

P234

ハーバード大学のドナム教授はこういっている――
「わたしは人と面接する場合には、あらかじめ、こちらのいうべきことを十分に考え、それに対して相手がなんと答えるか、はっきりと見当がつくまでは、相手の家の前を二時間でも三時間でも行ったり来たりして、なかへはいらない」

P240 (タフトの著書『奉仕の倫理学』の一節から)

「こういう手紙を突きつけられれば、だれでも腹にすえかね、無礼をこらしめたくなるだろう。そこでさっそく反論の手紙を書く。ところが賢者はそれをすぐには出さない。机の引出しにしまいこんで鍵をかけ、二、三日してから取り出す(そういう手紙は、二、三日おくれたところでさしつかえはない)。冷却期間を置いて読み直してみると投函する気がしなくなる。わたしはこの賢者の方法をとった。」

P243

ノリス夫人はバベットをおどして、爪を伸ばした娘にピアノを教えるのはごめんだなどとはいわなかった。むしろ、夫人は、バベットのツメはとても美しくて、それを切るのはバベットにとってたいへんな犠牲だと同情する気持を、相手に伝えた。

P274

このように、まず相手をほめておくのは、歯科医がまず局部麻酔をするのによく似ている。もちろん、あとでガリガリやられるが、麻酔はその痛みを消してくれる。

P275 (禁煙の場所でたばこをすっている従業員に)

シュワッブはそんなことは絶対にいわない。その男たちのそばへ行って、ひとりひとりに葉巻を与え、「さあ、みんなで外へ出て吸ってきたまえ」といった。もちろん彼らが禁を破って悪いと自覚しているのを、シュワッブは見ぬいていたが、それにはひとことも触れないで、心づくしの葉巻まで与え、顔を立ててやったのだから、彼らに心服されるのは当然の話である。

P277

人を批判する際、まずほめておいて、つぎに“しかし”という言葉をはさんで、批判的なことをいいはじめる人が多い。(中略)この場合“しかし”というひとことが耳にはいるまでジョニーは激励されて気をよくしていただろう。ところが、“しかし”ということばを聞いたとたん、今のほめことばがはたして本心だったのかどうか疑いたくなる。結局は批判するための前置きにすぎなかったように思えてくる。信頼感がにぶり、勉強に対するジョニーの態度を変えようとするねらいも失敗におわる。
この失敗は“しかし”ということばを、“そして”に変えると、すぐに成功に転じる。
「ジョニー、お父さんもお母さんも、お前の今学期の成績があがって、ほんとうに鼻が高いよ。そして、来学期も同じように勉強をつづければ、代数だって、ほかの課目と同じように成績があがると思うよ」

P288

マクドナルドは、従業員に命令して突貫作業を強行するのではなく、まず全員にいきさつを説明する方法を選んだ。この注文が無事納入できたら、従業員にとっても、会社にとっても、はかり知れないほどの意義があることを話して聞かせたのである。話が終わると、つぎのような質問をした。
「この注文をさばく方法があるのか?」
「この注文を引き受けて納期に間に合わせるには、どんなやり方があるか?」
「作業時間や人員配置をどうしたらよいか?」
従業員はつぎつぎとアイディアを提供し、会社はこの注文を引き受けるべきだと主張した。

『人を動かす』デール・カーネギー(創元社)

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