「倍音聞きませんか」
突然に「倍音のコンサート行きませんか」と言われても、何のことだかわからない。だいたい、「倍音」って音の要素のことじゃなかったっけ。倍音だけ聞くとかできないだろ。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
倍音(ばいおん)とは、主に楽音において、周波数(音高、ピッチ)が基音に対して2以上の整数倍になっている音の成分。一方、1倍である音(元の音と同じ高さの成分)を基音(きおん)という。 英語ではハーモニックオーバートーン(harmonic overtone)と呼ぶ。
ほらほら、やっぱり。でもカミさんの友人A氏がくれたのは、なんだかわからんが倍音らしい。なんでも、クリスタルボールのコンサートだということ。クリスタルの……ボール? 透き通った丸い鈴のようなものを想像しながら、増上寺へ。
ボウルの錬金術師
イベント名は「クリスタルボウルの響きを浴びる」というものだった。会場は増上寺の「光摂殿(こうしょうでん)」。入り口で、カミさんの友人Y嬢が待っていてくれた。
「光摂殿」とやらは畳敷きの大広間で、見事な天井画が描かれたお部屋。天井画のモチーフはいずれも草花だ。会場にはすでにずいぶん人が集まっていて、リラックスした雰囲気を出している。一人一枚貸し出される座布団を枕に、ごろりと横になっている人もある。
大広間の奥に低いテーブルが出してあって、そこに円いボウル――ボール(球)ではなくて、お椀状の――が大小さまざまに並んでいた。色も大きさもまちまちで、赤っぽいものや白っぽいもの、黒っぽいものがあるし、手に載るくらいのお茶碗サイズもあれば、頭からかぶって虚無僧ごっこができそうなほど大きなバケツサイズのものもある。そういや落語に「やかん」ってのがあったっけ。
さっそくケータイカメラでその様子を撮影しようとしたのだが、珍しくカミさんが「撮って大丈夫かしら」と混ぜっ返した。いつも「そら行け」「あれ撮れ」「前にゆけ」と図々しいことについては私など足下にもおよばない彼女にしては、珍しいことである。彼女が会場の人に聴きに行ったところ、演奏者である牧野持侑氏自ら「演奏中でなければ撮ってもいいし、ブログに載せるのもご自由に」というお言葉をくださったので、私としては安心して、ケータイカメラで2~3枚撮影した。
ところが、それを見ていた女性がケータイカメラ片手に会場の真ん中に進み出て撮ろうとしたところ、お寺の係らしき老人から待ったがかかった。撮影はご遠慮くださいとのこと。恨みがましく私の方をにらむ女性。そんな顔されたって、あたしも撮っていいって言われたんだもの。牧野氏が親切に「演奏前ならいいんじゃないですか」ととりなしてくださったが、「この会場自体が、撮影といったことを一切お断りしておりますので……」とのこと。名のあろう天井画やふすまのある部屋ゆえ、いたしかたないといえばいたしかたない。
そういうわけで、私の手元(のケータイ)には禁断の画像が何枚かあるのだが、ここでご紹介するわけにはいかない。クリスタルボウルの外形については、牧野氏の公式サイトをご覧いただきたい。
◆アルケミー・クリスタルボウル奏者 牧野持侑(まきのじゅん)Official Web Site(音が出ます)
兵器としての倍音
かつて「ウィザードリィ」の世界では眠りの呪文KATINOによってうっかり戦闘中に眠りこけたために全滅せしめられた冒険者が少なくない。ドラゴンクエストでも「ラリホー」を使うガイコツにゆっくりなます切りにされた記憶をお持ちの方もあろう。
倍音を発することしきりというこの「クリスタルボウル」であるが、まこと、KATINO、ラリホーに劣らぬ強烈な眠りを誘うアイテムだ。
前半、牧野氏が解説をしながら、クリスタルボウルの音色を聴かせてくれる。水晶の粉にさまざまな貴石を混ぜて焼き固めたこのお椀は、豊かな倍音を含み、人体に摩訶不思議のリラックス効果をもたらすという。
私はそもそも寝付きのいい方で、いつでも昼寝できるのび太のような性質なので、クリスタルボウルの影響を受けるまでもないのであるが、しかし眠りに落ちるまでの間、リラックスして瞑想することができた。さまざまなアイデアが頭に浮かび、実に集中したひとときを過ごしたのである。ただし、その直後に眠りに落ちてしまったので、思いついたアイデアの大半は霧散してしまった(あるいは夢散というべきか)。
なにせこの演奏の性格上、会場の大半は、横になってぐっすり眠っている人たちである。その眠りこけている聴衆のために、奏者の牧野氏は30分ほどもずっと休みなく演奏を続けているのだから、これはまったくご苦労様と申し上げるよりほかない。
終了後、CD『倍音浴』を所望した。2800円。家に帰って聴いてみたが、どうもやはり会場で生で聴く方が、よく効くような気がする。とはいえ、CDで「ぐっすり眠れる」という人も少なくないようなので、そこは人によるのかもしれない。
カミさんはかつて旅行先でこれによく似たチベティアン・シンギングボウルというのを聴いたことがあるのだという。カミさんが牧野氏にそのことを話すと「あれも原理は同じですよ。あれは合金製だけど」とのこと(『倍音浴』CDでもチベティアン・シンギングボウルは使われている)。
カミさんが旅先でチベティアン・シンギングボウルを聴いた時は、友人たちと4人で魔法のように眠りこけたのだそうだ。旅先でそれはちょっと不用心な気もするが。
◆Information|CAMUNet Cafe – カムネット/代替医療利用者ネットワーク
◆アルケミー・クリスタルボウル奏者 牧野持侑(まきのじゅん)Official Web Site(音が出ます)