丑の話

今年は丑が帰ってくる。僕がそんな噂を聞いたのは年の暮れも押し迫った時期のことだった。
2、3年前だったか、丑は突然「仲間の丑たちに囲まれた閉鎖的な暮らしにうんざりした。誰にも邪魔されず余生を送りたい」と言い残してどこか地方の小都市に引っ込んでしまった。風の便りに聞いたところでは、隠遁生活を決め込んで、小さなあばら屋に居を構え、誰にも会わずに、独りで暮らしていたらしい。
その彼が、今年は都会に戻って活躍する気になっているという。キラキラと瞳を輝かせて仕事やプライベートの夢を語り、今年は全力を尽くすと誓ったそうだ。年明け早々にはこっちに戻ってきて、存分に都会生活を謳歌する予定だという。僕としても、彼とまた楽しくやれるのは大いに歓迎したいところだ。
それにしても、あれほど丑仲間を疎んじ、厭世的になっていた丑が、なぜまたこちらに戻るのか、どういう心境の変化なのか、僕としては少々気になった。そこで僕は彼に一筆送ってみることにした。

 今年は大いにご活躍の気運とのこと、まこと喜ばしく、貴君の帰還を心より歓迎し待望するものである。さりながらただ一点、心中にある懸念を呈する事お許し願いたい。かつて厭世の極みにあった貴君がまた世事に戻ろうとするのは、如何なる心境の変化によるものか。差し障りなくば、お聞かせ願いたい。

年明け、彼から届いた返信には、ただ一筆、こう書かれていた。

うしと見し世ぞ今は恋しき


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