I hate lucky


北赤羽で、電車のドアが空いた。人がどっと降りてゆく。北赤羽は、両端に出口があるタイプの駅なので、先頭車両からは、当然たくさんの人が降りていく。

電車の中で、小学校2~3年生くらいの子が二人、「わ、なんが急に人が降りた」「ラッキー」と叫んで席に座った。

私は「ラッキー!」というあの声が好きでない。少なくとも、安易に濫用されているのを見ると暗鬱な気持ちになることは間違いない。
「ラッキー!」という表現は、思考停止であり、何も考えてないことの証明だと言っていい。場合によっては、失礼でさえある。

何が嫌いといって、バレーボールの応援のあの「ラッキーチャチャチャ」が大嫌いだ。バレーボールにおいて相手がミスするのは「運」ではない。選手同士の死闘であり、技術の粋を尽くして練習の成果をぶつけた結果、一方の選手が取れなかったのだ。それを「運が良かった」とは何事か。選手の努力を「ラッキー」の一言でなかったことにする、デリカシーのない言葉だと思う。

見知らぬ小学生たちよ、君たちが座れたのは「ラッキー」なんかじゃないんだ。北赤羽には2カ所の出口があり、その一方はこの先頭車両に最も近い場所にある。だから赤羽から先頭車両に乗る人たちのかなりの割合が北赤羽で降りるのだ。君たちが先頭車両に乗れば、いつだってここは座れる可能性が高いんだ。それどころか、電車はいつだって、人が降りる場所は決まっている。だから君らがしっかり出口の場所と人の降りる駅を把握していれば、快適に電車生活を送れるかもしれないんだ。

なんてなことを考えるのは、まぁどう考えても大人げない。たまたま先頭に乗ったら席が空いた、そりゃラッキーで、まぁいいかもしれん。
でも、目の前に起きる出来事を「ラッキー」で済ませるような大人にだけは、なって欲しくないなぁ。

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