『風のクロノア door to phantomile』ナムコ(PS) #自分にとって神ゲーだと思うのを紹介していこう


『風のクロノア door to phantomile』はプレイステーション用の革新的アクションゲームである。動きとしては2Dの秀逸なアクションゲームでありながら、演出として3Dを活用しまくっている。また、ストーリーの巧みさも絶妙。
プレイステーションで屈指の名作アクションゲームと言えよう。

PlayStation/風のクロノア~door to phantomile~(公式サイト)
クロノア@ホーム(公式サイト)
風のクロノア door to phantomile – Wikipedia

■ポリゴン時代のアクションゲーム

敵を膨らませて、吸い込み、つかみ、投げる。という意味では、『カービィ』的と言えなくもない。あれ、そういやあっちも『風のカービィ』だな。プレイステーションの8個もあるボタンを活用せず(笑)基本的に2つのボタンであらゆるアクションをこなすことができる、という「整理された、直感的な操作性」が素晴らしい。何にも考えずにゲームを始めて、すぐ操作を覚えることができる。クロノアの動きも俊敏で、操作していて気持ちいい。簡単な操作の組み合わせでさまざまなアクションをこなすことができ、完成度も高い。

このゲームデザインの秀逸なところは、プレイステーションらしくポリゴンばりばりでありながらゲーム性をシンプルに抑え、ビジュアル的にもゲームバランス的にも高いレベルで統合したところにある。

この世代のゲーム機(プレイステーション、セガサターン、ニンテンドー64)はポリゴン世代で、立体造形を扱うことに優れていた。ゲームは軒並み立体になった。その中には真に立体ならではの素晴らしいゲームもあったし、ただ2Dを3Dにしてお茶を濁したゲームもあったし、リアルな造形で世界を表現したゲームもあったし、あえて、2Dの道を選んだゲームもあった。

そんな中、「ポリゴン時代のアクションゲーム」として『クロノア』が出した答えは、実にエポックメイキングだった。プレイヤーが操作するクロノアの動きは、あくまでも2Dゲームのそれと同じで、動きとしてはファミコンやスーパーファミコンでも、同種のゲームはあった。しかし、演出面で3Dを活用したのだ。出現する敵が画面の奥から飛来するのはもちろん、コースが曲がりくねっており、先ほどまで通ってきた通路が背景に見えるといったことで、ゲームの舞台が立体的であることを表現した。ゲーム内に存在するさまざまな仕掛けも立体的に構成されており、普通の2Dのゲームとは一線を画している。

プレイヤーは操作に何の苦労もする必要がなく、しかし立体的なステージを楽しむことができる。実に贅沢な造りのゲームといえる。今となってはこうした2Dの動きと3Dの演出を組み合わせたゲームは珍しくないかもしれないが、そのモデルをいち早く、高い完成度で示したのが『クロノア』だったのだ。

■そして僕は不思議に思う。

オープニング。しんとしたBGM「AND I BEGIN TO WONDER」と同時に、こんなテロップが流れる。
「そして僕は不思議に思う。 あさ目がさめると確かに見たはずの夢が 思い出せないことがある。 その夢はいったいどこへ行ってしまうんだろう。 でもその日の夢は 鏡を見るようにはっきりと覚えているんだ。」
この印象的なオープニングから物語は始まる。

そこは”夢”が世界の原動力となる世界「ファントマイル」。みんなの見た夢は朝には忘れてしまう。 そんなある日の事、風の村でお爺さんと暮らしているクロノアは何故か朝になっても夢を憶えていました。 不思議だな?と思いつつ外を見ると小高い丘の上に何かが落ちてきてクロノアはビックリしました!それというのもその光景はクロノアが憶えている夢と同じなのです。幼なじみでいつも一緒のリングの精・ヒューポーと共にクロノアは元気良く外へ飛び出しました。
風のクロノア door to phantomile – Wikipediaより

アクションゲームとしてだけではなく、ストーリーやキャラクターも秀逸だった。最後の最後に明かされる真実によって、この物語のは閉じる。エンディングを見て、静かに感動したのを覚えている。

当節のご多分に漏れず、このゲームもシリーズ化された。プレイステーション2で発売された続編『風のクロノア2 ~世界が望んだ忘れもの~』もプレイしたけれど、『door to phantomile』ほどの感動は得られなかった。そりゃそうだ。あそこで環は閉じられてしまったのだ。同じ感動は得られない。これは仕方のないことだ。

■でもあの時の仕事は 鏡を見るようにはっきりと覚えているんだ

仕事の上でも、このゲームにはちょっとしたエピソードがある。発売当時、私はゲーム雑誌の編集者だった。このゲームはアクションゲームとしての高い完成度から(そしてもちろん、ナムコというメーカーとしてのネームバリューからいっても)編集部では十分注目をされており、私よりも少し年上の、ベテランの編集者が担当となって8ページの攻略記事を作ることになっていた。私ももちろん、このゲームを担当することができたらなぁとは思っていたのだけれど、いかんせんそこは経験値の違いから先輩に譲った(たしか私自身、別のお気に入りのゲームを担当できたので、あまり無理にとは思わなかった)

ところが、縁というべきか、私の妄念が悪影響を及ぼしたものだろうか、担当の編集者は、忽然と消えてしまったのである。入稿時期のギリギリになっても連絡がつかない。最終的に上司はなんとか連絡をつけることに成功したようだが、結局彼が編集部に戻ってくることはなかった。締め切りはかなり切迫している。そこで、当然上司はクロノアをやりたがっていた私のところにやってきて「じゃ、しんぼ、コレ頼むわ」と8ページを私に預けた。ひえー、今から8ページですか!? 「だってしょーがないもん」ニヤニヤしながら私に書きかけのページデザインを渡したものである。まぁ、しょーがないっすよね。

実際のところ、クロノアを担当することができて嬉しかったが、途中まで前任者がやりかけた記事を空想で埋めるという荒技をやったのは、後にも先にもあのときだけだった。「たぶん、ここでこんなようなことを言いたかったのだろう……」と思いながら原稿を書いた。1年かそこら後になって彼に会うチャンスがあり、真相を聞きたかったのだけれど、結局答え合わせはできなかった。彼がどんな記事を書きたかったのか、真相はヤブの中である。

ちなみに、最近使っているAndroidの目覚まし、朝0700時のお目覚めにはこのオープニング曲「AND I BEGIN TO WONDER」を採用している。本格的に目を覚ます必要のある0730時にはもっと激しい曲が用意されているけれど、このおっとりした名曲でまずは緩やかに覚醒を促す。目が開いたらすぐに止めることもできるのだけれど、聞いていたくて、一曲終わるまで止めるのを待ってしまうことがよくある。
ちなみに私はめったに夢を見ない。だから「あさ目がさめると確かに見たはずの夢が 思い出せないことがある」は、実際よくある話である。

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