『女の子ものがたり』


思えば、私と西原理恵子の最初の接点は、純然たる人違いであった。

それは私がまだ出版社で仕事をしていた(なんと正社員としてだよ!)頃で、つまり大学を卒業して2年以内のことであった。たぶん、1年以内ではなかったように思う。
当時作っていた雑誌の記事に、私が編集者として顔と名前を出したことがあった。翌月届いた読者アンケートのハガキには、私を名指しで「いつかサイバラさんと対談をして下さい」と書かれていた。わからん。サイバラって誰だ? そしてなぜその人と私が対談をせねばならんのか?
同僚の@filmloader氏が教えてくれた。ああ、西原理恵子さんの編集者で、同じ名字の人がいるんですよ。たまたま出身大学も同じで、どうやら私がその人と思われたようなのである。それまで一度も西原理恵子の漫画を見たことも聞いたこともなかった。そしてその後も、全然一度も読まなかった。

次の接点は、知り合ったピアノ弾きの女の子がサイバラ大好きで、彼女があんまり勧めるので、私も古本で『ぼくんち』を買ったんであった。読んでみてとても面白かった。たしか私がカラーの三巻組を購入し、彼女は白黒の普及版を持っていたのであったが、彼女はカラーの三巻組を「いいなぁ、いいなぁ」と欲しがり、私はコンパクトな白黒の普及版に十分な魅力を感じたので交換した。それが私の初めての西原理恵子であった。その後も彼女は私にサイバラを猛烈にプッシュしまくり、その勢いに若干気圧されながらも『女の子ものがたり』も『鳥頭紀行』とか『できるかな』とかけっこういろいろ読んだ。個人的には『ぼくんち』が一番良かったかな。

『女の子ものがたり』は田舎町で育つ冴えない女たちのイタイ雰囲気と青さが痛々しくて、読んでて辛かった。そういう作品だと言われたらもちろんそうで、そこがいいわけなんだけど。
この映画版は、主演がみんな可愛い華奢な女の子であるせいか、若干イタイ感じが薄まっていて、個人的には見やすいんだけど、作品のケレン味も若干薄れてしまったようで、それはそれで寂しいのであった。わがままな読者でホント申し訳ない。

主人公の小学生時代の女の子が、西原理恵子の描いた女の子の面影があってなかなかよろしい。表情なのか、演技なのか、顔立ちなのかわからないけれど。

原作が持っている切なさは、深津絵里の好演によって再現されているような気がする。

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